コラム 「パレット・キルトバンドの誕生秘話」

コラム 「パレット・キルトバンドの誕生秘話」

「コンセプトモデル」勝手な意訳は「脳の導火線に火をつける」。

自動車や電子機器以外でこの言葉を使う日が来ようとは。

現在、日本社会には商品と言われるものが溢れるほど存在しています。どれを取っても魅力的なデザインや、技術に裏打ちされた性能を誇っています。しかし、その多くは海外で製造されており、日本でデザイン設計されても、製造は遠い海の向こうで行われているという現実が散見されます。
そんな中、「日本のものづくりを元気にしたい」と願う企業の一つである我が社は、現場の方々の意見や切実なニーズを、千葉県にある工場で、「私たちの手」で形にし、「課題のある現場」に届けて使ってもらいたいと切望しています。

その思いを形にする手段として今回は、コンセプトモデルを提示して、お客様と一緒になって、現場で使える商品にまで仕立て上げる。それを量産するまで伴走する!という方向性を打ち出しました。
その開発、展示、そしてスタート段階までをみなさまに共有したいと思います。それでは小説 「ノンラップ・ロック」をお楽しみください。

「ノンラップ・ロック」

電話がかかってきたのは、恨めしく思えていたオレンジ色の太陽の煌めきが、段々と愛おしいと感じるようになり始めた、2023年の秋の午後5時過ぎだった。「そんな小さなスペースだとね・・・」相手は溜め息混じりに、気のない声でそう切り出した。地域の不動産屋の担当者で、彼で5社目だった。気持ちは10代でも体は40歳、ダメ出しを何回も喰らうと、体も心も萎れてくる。工場長は前髪を手で後ろへと掻き分けながら、大きく青い深呼吸をした。借りようとしているのは100坪程度の広さの場所、しかもなるべく新しく、埃などが商品に入らない、しっかりした作りの倉庫を必要としていたのだ。しかも低予算で。そんな要望にこたえる倉庫はない!という断りの電話だった。ふと眼前に視線を凝らすと、黒いパソコン画面の向こうに「はい、はいありがとうございます。明日の午後1時に・・・現場で、」と言ってゆっくりと受話器を戻しながら「よし!」と呟くカミベ課長の姿があった。年齢不詳の見た目、若白髪らしく多少髪を染めているが、雰囲気的には落ち着いている反面、少年のような鋭い眼差しの持ち主だ。内心から湧き上がってくる昂りを堪えて「工場長!やりました!」とドラマのワンシーンさながらに報告してきた。なんとか倉庫を借りられるらしい。

繁忙期の喧騒

「間に合いません。パレットが足りません」「優先順位付けて使うんだ!」そんな掛け合いが興奮混じりにあちらこちらに聞かれるようになってきたのは、繁忙期が近づいているせいもあるのだろう。「必要は発明の母」とはよく言ったものだ。そんな中で、このコンセプトタイプ「パレット・キルトバンド」は産声を上げた。「工場長・・・時間がないんですけど・・・」そんな嫌味を言われながらも、シャツの背中には大きな濡れた丸印を背負って「大丈夫だ!これ使えばなんとかなるっしょ」と軽い返事を返す。生暖かい強風を運んで来る工場扇が、右まで振り切るとけたたましい音をあげてまた反転していく。寒くなってきたと思ったら急に数日間も夏日が訪れるのは、昨今の異常気象なのだろう。大きなモーター音を駐車場に響かせながら、鉄の箱が横口を開けて、運転手がスポーツ選手のようにスルリと大型トラックの荷台に駆け上がる。今日1日でこの倉庫の荷物をほとんど移動しないといけない、それがこの喧騒の1番の原因だった。

新たな挑戦

次の日、静まり返った倉庫を見渡している工場長の背後から、明るい声掛けが聞こえる「やはり移動しきれませんでしたね」。振り返る工場長の目に、全く落胆の見えないカミベ課長の姿と、やる気に満ちたモミさんの瞳が飛び込んでくる。先日隣人の車屋にワケを説明して、オークションで競り落としてもらった軽トラックがあり、自分でも荷物を移動出来るから持てる余裕なのかもしれない。ついこの間までは、工場には移動手段が必要なく、倉庫から物流センターまでの定期配送便しか無かったが、これからは、自分たちで倉庫まで製品を移動しなければならないこともあり、急遽50万円未満、車検つきという破格の予算で程度の良い日産の軽トラックを手に入れたのだ。コロナ禍もあり、自動車業界の、特に中古車の海外輸出も増える昨今は、軽トラックといっても程度の良い玉はかなりの値段がつけられていた。

ヒヤリハット

「これはまずい!」思わず上擦った工場長の声が漏れる。二つ目の信号を左折しようとしていたときだ。コンビニの赤と緑のラインが斜向かいから目に飛び込んで来たと同時に、ガタリと鈍い音が軽トラックの薄い運転席後部の壁から響いてきた。荷台に積んである木製の板台車が、エッフェル塔のように右側に傾いて、サイドミラーの黒い縁にくっついて行くのが見える。倉庫を出発して道路に走り出す際に、横目に見えたトイレ帰りのモミさんの不安げな瞳と顔が脳裏に過ぎった。焦る心にひたすらに黙れと連呼し、ナタデココをゆっくり噛み潰すかの如くブレーキを踏み、ハザードランプのスイッチを一押し、サイドブレーキをかけると同時にドアを開けて台車の塔を右手で掴んだ!危機一髪。交差点上での通路妨害事故は防げた。耳の後ろを伝わり落ちる冷や汗の水路を、二つめの雫がゆっくりと通り抜けた。パソコンの前に戻るなり、台車を積載して運ぶための特殊サイズパレットの設計のため、CADのソフトを開いた。Jキルトの販売するプロテクションキルトは、不安全を経験し、ヒヤリした人、事故を減らしたいと願う人にしかその真価を理解して貰えない。アドレナリンのせいで時間の感覚がやたら遅く感じながら、そんな言葉が左脳と右脳を行き来する感覚の中で、クリック音だけが激しく部屋中に鳴り響いた。やがて図面が完成した。

挑戦と進化

この台車用特殊パレットが製品として導入されたのは翌年の春だった。従業員で組み立てをしてようやく完成したのだが、最初材木屋にファックスを見せて、電話で説明した時分には説明に苦労した。「軽トラックにピッタリ2台積めますね!それぞれのパレットにも横板と背板があって、台車を横に積むから崩れる心配もないです」と少々説明くさい賛辞の言葉をくすぐったく聴きながら、工場長の頭は、次の展示会の出展品目のことを考えていた。「やっぱりな。現場の人間が一番わかってるんだよな・・・」誰にともなく呟く課長が、いつの間にか横にきて、移動する軽トラックを一緒になって眺めていた。今日の横持ち運転はヨシさん、角刈りでスポーツマンらしいガタイの大きな男だ。「コンセプトモデル・・・そうだ、最初から完成品でなくてもいいんだ・・・」工場長は深く嘆息した。その言葉に秘められた微妙なニュアンスが気になりながらも、カミベ課長は黙って頷いた。

展示会への道

事務所の引き戸を開けて、上り框を降りて外に一歩踏み出すと、南国さながらの照りつける太陽と、アスファルトから立ち上る湯気にサウナに入っている気分になる2024年8月26日、また夏がやってきた。東京ビッグサイトで開催される、日本最大級の展示会まで残すところ14日と迫っていた。どうにかパレットバンドの構想を形にするために協力してくれる会社を見つけ、今回が2回目にして最後の打ち合わせだ。工場の運営を社員数名にお願いして、カミベ課長が運転するシエンタに乗り込んだ。事務所のカウンターに置いておいたテンガロンハットが太陽の熱でちょっと柔らかくなっている。スカイブルーレンズのオークリーjulietをかけて、ルーク工場長の始まりだ。今回は展示会の打ち合わせと同時に、展示会のブースに設置モニターに投影する動画の撮影も兼ねている。時間より早く駐車場に到着して、照りつける太陽を避けて早足でインターホンに近づき、謝罪と本日の打ち合わせを告げ、2階に通された。ガラス張りの打ち合わせルームと右側には純白のパレットに、白い折りたたみ式コンテナが積み上げてある。多少緊張気味な笑顔で、手招きしてくれる担当者に気をよくしたのか、大股で力強く扉を開け、「ハローフィッティ〜!」とルーク工場長が挨拶もそこそこに勢いよく説明を始めた。「ストレッチフィルム・・・もといお化けラップを使わない全く新しい資材、そうノンラップモデルを・・・」カミベ課長が慌ててズボンの右ポケットから取り出したスマートフォンの動画撮影開始のスイッチを押した。さあ、Jキルト劇場の開幕だ。