会社沿革

本社01

昭和52年に現在地へ本店を移転した当時の写真

  • 昭和40年12月

    野澤彌太郎により、東京都荒川区にアサヒ商会を設立創業

  • 昭和41年 8月

    株式会社に改組し、株式会社アサヒとして登記

  • 昭和43年 7月

    資本金250万円を500万円に増資

  • 昭和44年 6月

    千葉県柏市に、柏キルティング工場を建設

  • 昭和52年 8月

    現在地(東京都足立区椿)に、新社屋を建設 本店移転

  • 昭和59年 1月

    ハイパット(伸縮キルト) 特許・実用新案取得

  • 昭和62年 1月

    千葉県野田市に、キルティング工場を移転 アサヒ野田工場稼働

  • 昭和62年 7月

    資本金を1000万円に増資

  • 平成11年 9月

    ISO 9002 認証取得 (2003年廃止)

  • 平成16年 3月

    ノンスリップマット 製造方法 特許取得

  • 平成26年12月

    代表取締役に野澤謙一が就任

商品開発ストーリー

ハイパット®の誕生


昭和50年代、当社は新商品開発のためアイディアをかたちにしようと、毎年のように発明品の特許を出願し続けていきました。その数は40件ほどになりました。

ハイパットが主力になる以前は仏壇のキルティングカバーを幾種類も生産していました。
新しいサイズが出る度にラインナップを増やしていき、ついには製造側にも把握するのが困難な程になっていきました。

そのような時お客様から「数種類を一枚にできないか?」という要望があり、伸びるキルティングパットはできないかと暗中模索する中から現在のゴム入りパット「ハイパット®」が誕生しました。

ハイパットの生産は試行錯誤・マシンカスタマイズの連続でした。ゴムを入れて縫製することはキルティングマシンの設計にはないことです。ゴムを引かせながら縫う、ということは機械に大きな負担を課すことになります。また使用するゴムも幾種類も検討する中でようやく現在の物になりました。ゴムのテンション(引きの強さ)を均一にすること、縫いを細かくしてキルトの強度を出すことなど、様々な社内での品質規定を設け、品質の向上、生産効率向上を目指してきました。

どのキルティングマシン一つとっても、アイディアと創意工夫の塊です。現在でも毎日整備・微調整され現役機械として活躍しているのは機械を使用する人、管理する人が時間をかけて点検整備を長年行ってきたおかげであり、「道具を大切にし、良い製品を世に出す」というアサヒのもの作りスピリットの一つの形といえます。

名前の由来は、創業当初ヒット商品として製造していた「ハイラック(卓上本棚)」の「ハイ」が高みを目指して伸び上ってゆくアサヒの名前とリンクすることから「ハイ+パット=ハイパット」と命名されました。この商品は1984年(昭和59年)に特許・実用新案を取得しアサヒの生産の中核を担いながら日本全国の引越業者・運送業者にご愛用いただいて現在に至っています。

 

か~るいパットの誕生


創業当初は帯布団(細長いあて布団で、平ロープを使用して品物を固定する際の当てものに使用された)が主流でした。

化繊業界では白綿を使う業界は限られており、特に緩衝性を必要とする「あて布団」に関しては黒綿が主流の時代でもありました。時代の流れとともにサイズの大きな当て布団が必要になってくるにつれて新しい問題点も増えました。

現行の作り方だと重たくなりすぎてしまうこと、生産するときに埃が大量に発生し労働環境が悪化すること、というこの二点が当面の大きな課題でした。

差別化、品質の向上、特に丈夫さにこだわって新しい材料を検討し、会議を重ねました。重量を抑え、なおかつ「軽かろう悪かろう」と言われるような品質低下を防ぐため、ポリエステルの白綿を使用し、且つ数種類の太さの違う白綿をブレンドすることで、緩衝性があり且つヘタリにくい(綿がクッション性を失うこと)「丈夫さ」を実現したのです。

現在でも軽くて丈夫、長く使える「か~るいパット」は幾種類もの自社製品に応用されながら、緩衝用キルトとして愛用いただいています。